アーグラ城壁 - タージ・マハルも望める世界遺産の赤い城

アーグラ城壁(アマル・スィン門)

アーグラ城壁/Agra Fort:概要、歴史、見どころ、アクセス・行き方、感想など

「アーグラ城壁」は、1983年に登録された世界遺産(文化遺産)で、ムガル帝国第3代皇帝アクバルが建設しました。タージ・マハルを建設した第5代シャー・ジャハーン帝の時に大きな増改築が行われ、赤砂岩と白大理石の美しい城となりました。

 

ムガル帝国

ムガル帝国は、1526年から1857年(1858年)まで続いたインドのイスラム王朝で、始祖はバーブル。「ムガル」とは「モンゴル」に由来する言葉で、バーブルの父方がティムール(モンゴル系貴族の末裔で中央アジアにティムール朝を創始)、母方がチンギス・ハーン(モンゴル帝国の創始者)であったことからムガル帝国と呼ばれるようになりました。ただし、バープルはモンゴルの血をひいてはいましたが、トルコ(ペルシャ)語を話したりなどトルコ系民族の出自といった方が良いようです。

当初は、デリーに都が置かれましたが、第3代アクバル帝(在位:1556年-1605年)がアーグラに都を移しました。アクバル帝は異教徒であるヒンドゥー教徒を活用することなども含めて政治・経済の改革を行いムガル帝国の礎を築きました。第5代シャー・ジャハーン帝が帝国の版図をさらに広げ、次の第6代アウラングゼーブ帝の頃、ムガル帝国は全盛期を迎えます。ちなみに、タージ・マハルを建築したのはシャー・ジャハーン帝です。

アーグラ城から遠くに見えるタージ・マハル

アーグラ城の歴史・沿革

アーグラ城は、ムガル帝国の第3代皇帝アクバルにより1565~1573年に建設されました。ただし、アーグラ城は暑さ対策などが十分ではなく住居としては住みにくかったようで、完成をまたず1571年にアクバル帝は40km離れたファテープル・シークリーに移り住みました(ファテープル・シークリーも1986年に世界遺産に登録されています)。

その後、アーグラ城はしばらく放置されていたようですが、第5代シャー・ジャハーンが大規模な増改築を行い住みやすくし居城となりました。大増改築の結果、アクバル帝の時代のものはあまり残っていないようです。

建築にはこの地域から産する赤砂岩が多用され「赤い城」と呼ばれたそうです(ただし、現在、「赤い城」というと、世界遺産にも登録されているデリーにあるものを指すことが多いようです)。「赤い城」であるのは確かなのですが、シャー・ジャハーンによる増改築で白大理石も多く使われていて、装飾などにムガル朝建築の精華を見ることができます。また、第6代のアウラングゼーブ帝は、濠をめぐらせるとともに、高さ20m、周囲2.5kmの城壁を築き一層強固な要塞としました。

アーグラ城の物語と見どころ

シャー・ジャハーンは、アーグラ城を美しい城へ変えたりタージ・マハルを建設するなど権勢を誇りましたが、病に倒れると皇位を巡る争いが息子たちの間で起きます。最終的には三男のアウラングゼーブが皇位を継承し、シャー・ジャハーンをアーグラ城のムサンマン・ブルジュ(囚われの塔)に幽閉します。そこから、シャー・ジャハーンは愛妃の霊廟である美しいタージ・マハルを見て晩年を過ごしたといいます。

兄弟たちも殺し皇位についたアウラングゼーブの時代にムガル帝国は最盛期を迎えますが、アウラングゼーブが亡くなると、国は次第に乱れ、アーグラ城も略奪の対象となり金銀財宝が奪われてしまいました。イギリス植民地時代のインド大反乱(セポイの反乱)では戦場ともなり、500以上もあったといわれる建物の多くが失われたといいます。

第二次世界大戦後、インド独立(1947年)の前後の1946年から1949年にかけて、イギリスによる修復工事が行われましたが、十分なものではなかったようです。

とても広大なアーグラ城ですが、現在、軍隊の駐屯地もあるため、見学できるのは一部に限られています。

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【主な見どころ】

アマル・スィン門(Amar Singh gate):アーグラ城壁には2つの門がありますが、入場するにはこのアマル・スィン門を通ります。赤い城門で、まさに「赤い城」に入る感じがします。

ジャハーンギール宮殿(Jahangir Mahal):アーグラ城を築きはじめたアクバル帝による建物で唯一残っているものだそうです。ここも赤色がとても印象的です。装飾も見事でした。

ムサンマン・ブルジュ/囚われの塔(Musamman Burj):第5代シャー・ジャハーン帝が息子の第6代アウラングゼーブ帝に幽閉された場所。ここからシャー・ジャハーン帝は亡くなった愛妃の霊廟であるタージ・マハルを眺めて晩年を過ごしたといいます。白い大理石、象嵌細工がとても美しかったです。

その他にも、寝殿(Khas Mahal)一般謁見の間 (Diwan-i-Am)貴賓謁見の間 (Diwan-i-Khas)などが見どころになっています。

なお、城内には真珠のモスク宝石のモスクと呼ばれる美しいモスクがありますが、非公開地区にあり見学はできません。

アーグラ城壁へのアクセス・行き方

アーグラには二つの大きな駅があります。アーグラ・カント(Agra Cantt)駅とアーグラ・フォート(Agra Fort)駅です。アーグラ・フォート駅は、名前からもわかるように1kmぐらいで近いのですが、メインの中央駅的な機能を果たしているのはアーグラ・カント駅です。アーグラ・カント駅からはアーグラ城までは5kmほどです。

ひとこと

赤がとても印象的な城壁でした。また、囚われの塔あたりから見るタージ・マハルやヤムナー川の光景も印象に残るもので、その物語にはロマンも感じました(血なまぐさい話ですし、権力争奪の物語ではありますが…)。

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info

アーグラ城壁/Agra Fort

  • 訪問日 : 2018年1月13日
  • 所在地 : インド・アーグラ(Agra Fort, Rakabganj, Agra, Uttar Pradesh 282003)
  • アクセス :アーグラ・カント駅からおよそ5km、アーグラ・フォート駅からはおよそ1km
  • 登録年 : 1983年
  • 登録区分 : 文化遺産
  • 開 館 : 建設時期は1565~1573年(完成後、増改築あり)
  • 入館者数 :-
  • 入場料 : 500+50=550ルピー(大人・個人・当日・外国人) ※50ルピーはADA(Agra Deveiopment Authority)税。ちなみにインド人の入場料は40ルピーのようです
  • 開館時間 : 日の出から日没まで(?)
  • 休館日 : -
  • 公式サイトなど www.agrafort.gov.in
  • ユネスコ世界遺産センターURL : https://whc.unesco.org/en/list/251/

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